戦の詳細
九州征伐の先遣隊として豊後に入った仙石秀久率いる軍勢が、島津家久の軍と戸次川で激突。秀久の無謀な渡河攻撃により壊滅的敗北を喫し、長宗我部元親の嫡男・信親が討死。十河存保も戦死し、秀久は領地を没収された。元親にとって最愛の息子を失った生涯最大の悲劇。
1586年12月
| 戦名 | 戸次川の戦い |
|---|---|
| 時期 | 1586年12月 |
| 場所 | 豊後国・戸次川 |
| 結果 | 島津軍の勝利 |
九州征伐の先遣隊として豊後に入った仙石秀久率いる軍勢が、島津家久の軍と戸次川で激突。秀久の無謀な渡河攻撃により壊滅的敗北を喫し、長宗我部元親の嫡男・信親が討死。十河存保も戦死し、秀久は領地を没収された。元親にとって最愛の息子を失った生涯最大の悲劇。
この武将の関係図をアプリでインタラクティブに確認できます
戦国図鑑アプリを見る釣り野伏せの戦法で豊臣先遣隊を殲滅。島津の戦術が遺憾なく発揮された。
仙石秀久の無謀な命令に従い渡河。嫡男・信親を失う痛恨の敗北。
父に代わり前線で奮戦するも、22歳の若さで壮烈な討死を遂げた。
総大将として無謀な渡河攻撃を命じ大敗。責任を問われ高野山に追放された。