戦の詳細
本能寺の変後、武田氏滅亡で空白地帯となった甲斐・信濃をめぐり、徳川家康・北条氏直・上杉景勝の三者が争った一連の戦い。真田昌幸は巧みな外交で各勢力の間を渡り歩き、最終的に上田城を拠点に独立を維持。家康と北条は和睦し、信濃は家康、上野は北条の勢力圏と定められた。
1582年6月〜10月
| 戦名 | 天正壬午の乱 |
|---|---|
| 時期 | 1582年6月〜10月 |
| 場所 | 甲斐国・信濃国 |
| 結果 | 徳川・北条間で和睦成立 |
本能寺の変後、武田氏滅亡で空白地帯となった甲斐・信濃をめぐり、徳川家康・北条氏直・上杉景勝の三者が争った一連の戦い。真田昌幸は巧みな外交で各勢力の間を渡り歩き、最終的に上田城を拠点に独立を維持。家康と北条は和睦し、信濃は家康、上野は北条の勢力圏と定められた。
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戦国図鑑アプリを見る旧武田家臣の取り込みと北条との交渉で甲斐・信濃を確保。戦わずして勝つ外交力を発揮。
大軍で信濃に侵攻するも家康と和睦。上野の支配権を得て撤退。
真田の生き残りをかけ、徳川・北条・上杉の間で巧みに立ち回り独立を維持。表裏比興の者の面目躍如。
北信濃に出兵するも、徳川・北条の和睦により主要な戦果なく撤退。