馬場信春の生涯
武田四天王の一人。70回以上の合戦に参加しながら一度も負傷しなかったと伝わり「不死身の鬼美濃」の異名を持つ。長篠の戦いでは武田軍の殿を務め、主君・勝頼の撤退を見届けた後に自ら馬を返して敵陣に突撃し壮絶な討死を遂げた。
— 不死身の鬼美濃 —
| 名前 | 馬場信春 |
|---|---|
| 本名・幼名 | 信春 |
| 異名 | 不死身の鬼美濃 |
| 生年 | 1515年 |
| 没年 | 1575年 |
| 出身 | 甲斐(山梨県) |
| 勢力 | 武田 |
| 役職 | 武将 |
武田四天王の一人。70回以上の合戦に参加しながら一度も負傷しなかったと伝わり「不死身の鬼美濃」の異名を持つ。長篠の戦いでは武田軍の殿を務め、主君・勝頼の撤退を見届けた後に自ら馬を返して敵陣に突撃し壮絶な討死を遂げた。
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戦国図鑑アプリを見る馬場信春は甲斐(現在の山梨県)の出身です。
馬場信春は川中島の戦い、三方ヶ原の戦い、長篠の戦いに参戦しています。
馬場信春は「不死身の鬼美濃」と呼ばれています。