飯富虎昌の生涯
武田家の重臣で「赤備え」の創始者とも伝わる猛将。山県昌景の兄(異説あり)。武田信玄の嫡男・義信の傅役を務めたが、義信事件に連座して切腹を命じられた。赤備えの伝統は山県昌景、そして井伊直政へと受け継がれた。
— 甲山の猛虎 —
| 名前 | 飯富虎昌 |
|---|---|
| 本名・幼名 | 虎昌 |
| 異名 | 甲山の猛虎 |
| 生年 | 1504年 |
| 没年 | 1565年 |
| 出身 | 甲斐国(山梨県) |
| 勢力 | 武田 |
| 役職 | 武将 |
武田家の重臣で「赤備え」の創始者とも伝わる猛将。山県昌景の兄(異説あり)。武田信玄の嫡男・義信の傅役を務めたが、義信事件に連座して切腹を命じられた。赤備えの伝統は山県昌景、そして井伊直政へと受け継がれた。
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戦国図鑑アプリを見る飯富虎昌は甲斐国(現在の山梨県)の出身です。
飯富虎昌は「甲山の猛虎」と呼ばれています。